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☆彡 子どもの幸せ・絵本・社会(7)

更新日:2021年11月27日

     2021年 10月

 『くまのぼりす』

ディック・ブルーナ  ぶん・え           松岡享子   やく 福音館

 今年の秋は残暑が長く続きました。気候変動のせいか、季節の移り変わりも今までとは違うようです。

ブルーナ作品で、くまのぼりすが出てくる作品は、少ないのであまり印象にない方も多いと思います。内容も今回の作品は冬支度の薪作りの労働とその後の家での生活が淡々と描かれているだけですから、一度読んだらおしまいかもしれません。

日本の幼児絵本で労働を扱っている作品は少ないと思いますが、ブルーナはなぜ小さい人に向けてこの作品を作ったのだろうと思うのです。

 絵本は子どもがこの世を知る手がかりの一つです。人は生きていくためには働き、衣食住を整え、学び楽しみの時間を過ごします。そのことをぼりすの一日の中で表したかったのではないかと思えます。欧米では、絵本をお話を楽しむことだけでなく、躾や物事の筋道、あり方を教えることのために使うという考えだそうです。欧米の作品の中に硬い印象を受けることがあるのは、そのためかもしれません。

「あるひ ぼりすは かんがえた。」の一文でお話は始まります。そして、だいぶ寒くなってきたから、冬が来る前に薪の用意をしなくては・・・。薪になる木を森に探しに行き作業する様子が描かれます。行動の一つ一つになぜそうするのか、なぜそうなのかの理由が述べられています。子どもは、こうしてお話を聞きながら物事を理解し、納得し合理的な考え方にふれていくのだと思います。

薪の準備ができたぼりすは、きっと安心感とともに家に帰ったでしょう。ぼりすの家も薪と同じ木でできていることが語られます。自然により守られ生きていることが表されています。

ぼりすは、シャワーで汗を流し、トマトスープを作って夕ご飯。そのあとは暖炉に薪をくべて、寝るまでの時間はゆっくり本を読む。こうしてぼりすの一日が過ぎていきます。 暖かく静かな時間が流れているようで、読んでいる自分もゆっくりと穏やかな呼吸になるような気持ちになれます。

登場人物はぼりすしかいませんが、このように一人一人が安心して、自分に満足して充実して過ごせるならばその社会はきっと生きやすいにちがいありません。

さて、わが家の次男は島根県にあるキリスト教愛真高校で学びました。日本で一番小さい全寮制普通科高校です。この学校では、三度の食事を生徒が当番で作ります。週二回授業後に作業があり野菜、米、鶏、花を育て、パン、保存食も作ります。山の中にあるため自然環境に配慮し、水を大切にし廃油からは石鹸をつくり、山の手入れをします。手入れで伐採した木で薪を作り、それでパンを焼いているのです。住環境も修繕したり必要なものは自分たちで作ります。肥くみをし肥料も作ります。洗濯は大きなもの以外は石鹸で手洗いです。このように生活を整える労働が学習と同様に重視されています。

 寮にテレビはなく携帯、漫画は持ち込みができません。その代わり新聞は数紙購入され、図書室も充実しています。友達、先生と語らう時間がたくさんあります。

 友達と助け合うことがなければ成り立たない生活の中で自分と向き合い、あえて不自由な生活のなかで生活力を鍛え、物事の成り立ちを知ります。そのことが、学校での学習をより重層的に豊かにし、自分の将来を考える良い3年間になったと思います。休暇で帰る度に大人の顔になっていくさまはうれしいことでした。くまのぼりすを読みながら次男の高校生活が思い出されました。

私たちが10個のライフスキルとして扱っていることは、本来は家族、地域で生活を作り、整えることの中で育まれるはずのものですが、生活や人との関係が細っている現在、意識して体験、習得していく必要があると考えます。

 この作品で、登場人物ぼりすが使っているスキルで、はっきりとわかるのは「意思決定スキル」と「問題解決スキル」です。ある日、冬の気配を体で感じたぼりすは、いままでの経験を活かして、冬を暖かく過ごすための薪とりに森に行くことを決めます(意思決定)。そして最も効率よく冬を迎えるための薪を家に準備します(問題解決)。

 この作品の登場人物は、ぼりす一人です。他者との直接の関りは全く描かれていません。冬の気配を肌で感じたぼりすの一日を丁寧に描くことによって、(描かれていない)他者との関係の中で、生きていく知恵を学び、成長過程で10個のスキルすべてをほどよく身につけたぼりすの姿を過不足なく描いていると思います。

 では、「創造的思考」「批判的思考」はどこに描かれているのでしょうか?

 森(自然)とのかかわりの中で暮らすこと、探していたちょうどよい太さの枝を見つけ、自分の力で持ち帰る行為の中に、それが端的に表現されています。また、寝る前に「(先人の英知が詰まっている)本を読む」という何気ない行為の中に、「創造的思考」スキルを磨き続け、「批判的思考」スキルをも鍛え続けるぼりすの生き方が表れているように思います。 19世紀半ばに出版された、ソローの『森の生活』。著者ブルーナが影響を受けたかどうか知る由もありませんが、若い頃に読んだ『森の生活』を、もう一度読んでみたくなりました。そして、人生の終わりに向かって、私たち夫婦がどのように暮らしていくのか?そろそろ新たな行動をする時が来たようです。

*2:ライフスキル:自己認識、共感性、効果的コミュニケーションスキル、対人関係スキル、意志決定スキル、問題解決スキル、創造的思考、批判的思考、感情対処スキル、ストレス対処スキル 以上10の技術のことです。いずれも 心理・社会的変化に対する適応能力を高めるスキルです。


廣岡逸樹・綾子


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