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☆彡 子どもの幸せ・絵本・社会 (20)    

2022年 12月

      『ぼくのきもちはね』 

           コリ・ドーフェルド作 光村教育図書

積み木で凄いものを作るぞといきごんだテイラー君。かっこいいお城ができて、大満足。ところが、黒い鳥がいっぱい飛んできて、あっと言う間に、お城はバラバラ。鳥たちは飛んで行ってしまったので、文句を言うこともわざとやったのかを聞くことすらできません。

そこへ次々に動物たちがテイラーの力になろうとしてやって来ます。まず鶏がお気の毒にと、話をきかせてと催促。熊はこんな時は叫ぶんだとお手本を示してくれる。象は自分がお城を作り直してあげるから、どんな形だったかを思い出してと諭す。

 ハイエナやダチョウは無かったことにするかのようなアドバイス。カンガルーのママは自分の子どもにも手伝わせてながら、テイラーに片付けを促し、蛇は仕返しを耳打ちします。しかしどれもテイラーがしたがらないとわかるとみんな行ってしまい、テイラーは一人に。

テイラーがなにやら背中が暖かいので気づくと、いつの間にかそっとウサギが寄り添ってくれていた。テイラーが「ぼくと いっしょに いてくれる?」と言うとウサギは頷いてじっとテイラーの話を聞いてくれました。ウサギはテイラーが大声をあげたり、仕返しをすると言っても驚いたりせずに黙って話を聞いてくれました。そのうちテイラーはまたお城を、それももっとすごいお城を作る気持ちに変わっていきます。最後のページはこれから作ろうとしているお城の姿が輪郭線なく描かれていますが、壊されたお城より大きく、複雑な形になっています。

一生懸命つくった自慢のものを、突然わけも分からず壊された喪失感。子ども達の間でも積み木にしろ何にしろ一生懸命作った何かを、意図的かどうかは別にして、他の子が壊してしまうということはよくあることです。このような場合、お城を壊された子には怒るという感情が起きますが、それだけではないことがこの本でよくわかります。

 ウサギ以外の動物がしてくれたことは、困っている相手に善かれと思って私たちがしがちなことです。気持ちを立て直すには、テイラー自身が自分の気持ちに向き合い表現する「時」が必要なのでした。そしてそういう「時」を過ごすには、テイラーのことを理解したいという思いで、静かにそばで待ってくれるウサギの存在が必要なのでしょう。

私たちは問題を抱えた人を前にすると、困り事が早く良くなるとか、すぐに解決することを望んでアドバイスをしたりや励ましたりします。しかし、それが相手の心に届くには、相手の状態を理解し、そこで起きる心情に寄り添うことなしには変化は生まれないということのようです。

 このウサギは一言もしゃべっていませんが、テイラーが自分の思いを十分に語れるようにしてくれたのです。このウサギがどんな人生を過ごしてきたのか、気になるところです。

 ともあれ私たちはこうして社会の中で誰かを支えたり、支えられたりして、一緒に生きているのではないでしょうか? テイラーもまたどこかで誰かに寄り添い支えてくれる人になるのではないかと想像します。

 そして前に向かって生きて行くにはどんな人に出会うかも大事なことだとつくづく実感します。


今回は、共感性、効果的コミュニケーションスキルについて考えてみたいと思います。

 カラスとおぼしき鳥の群れ以外の動物(鶏、熊、・・・)は、テイラーのことを心配し、気に掛けて、その動物なりの助言をしてくれます。思いやりのある動物たちと言えるでしょう。みな、テイラーの気持ち(怒りや悲しみなどが入り交じった複雑な感情)に共感できているのは確かだと思います。しかし彼らなりの精一杯の助言は、そのときのテイラー君の心には届きません。なぜでしょうか?

 しかし、ウサギだけは、助言をすることなく、ただ寄り添います。そして、テイラーが言葉を発するまでずっと黙ったままそばにいるのです。しばらくしてテイラーが発した言葉は「ぼくと いっしょに いてくれる?」でした。もちろん、ウサギは、うなづきました。OKというサインです。そして、テイラーは、ウサギにむかって、叫んだり,わめいたり、言いたいことを言いますが、ウサギは、何も言わずに聴きつづけます。そうしたウサギのありようによって、テイラーの心は変化していきます。「ウサギは、自分のきもちをぜんぶわかってくれた」(共感的理解)と思います。そのウサギの存在があることで、テイラーは「また、つくってみよう」「こんどは、もっと すごい おしろにする」と前向きな気持ちになり、「よーし、つくるぞー!」という言葉で、絵本は終わります。私は、まるですばらしい心理カウンセリング(たとえば、カール・ロジャースのカウンセリングビデオ)を観ているような気持ちになりました。

 ウサギとの関係の中でこんな体験ができたテイラーは、ちょっといや大きく成長したことでしょう。

 問題の渦中にいる人に出会ったとき、「効果的なコミュニケーション」のやりかたの一つをウサギが見せてくれています。


*カール・ロジャース(Carl Ransom Rogers, 1902年1月8日~ 1987年2月4日):アメリカ合衆国の臨床心理学者。来談者中心療法(Client-Centered Therapy)の創始者です。

*ライフスキル:自己認識、共感性、効果的コミュニケーションスキル、対人関係スキル、意志決定スキル、問題解決スキル、創造的思考、批判的思考、感情対処スキル、ストレス対処スキル 以上10の技術のことです。WHOが1993年に「おとなになるまでに、身に着けてほしいスキル」として提唱しました。

              廣岡綾子・逸樹   



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