☆彡 子どもの幸せ・絵本・社会 (26)
更新日:7月2日
2023年 6月
『いたずらこねこ』
バーナディン・クック文 レミイ・シャ ーリップ絵 福音館書店
2023年 6月

本書は1964年の初版から半世紀を経ており、1987年には52刷りですが、その後も増版を重ねているものと思います。しかし、地元の図書館では貸し出しが少ないのか書庫保管になっていました。
裏表紙の隅には世界傑作シリーズ・アメリカの絵本とありますので、出版社の中でも優れた作品と捉えられているものと思います。
物語では、子猫が隣家の池から出てきた亀に初めて出会い、亀にちょっかいを出したあげくに亀がいた池に後ろ歩きで落ちてしまいます。水が嫌いな子猫は、その後決して隣家の庭には行かなかったし後ろ歩きもしませんでしたという結末です。
この作品の特徴は、背景には亀がいた池と子猫の家の庭の木の柵がほんの少しだけと地面に当たる一本線のみが描かれていることです。必要最小限の背景にすることで、子猫と亀の行動を際立たせているようです。レミイ・シャーリップは、舞台芸術も手がけたそうですが、見開き2ページがまるで舞台を見ているようでもあります。

さらに、お話は亀と子猫の動作を逐一述べるような、スローな進み方です。昨今の絵本は話の展開が早く、奇想天外であったり絵も作りこんだものが多いように感じます。その意味でこの本は真逆で地味であるとさえ感じられるのではないでしょうか。
タイパやコスパという言葉が流行り、メールの文字を打ち込んだり、スマホを指で操作する速さがあたり前の世界からすると、この絵本の持つゆっくりとしたテンポはまどろっこしいか逆に新鮮かもしれません。
心理療法やアンガーマネジメントでは、ゆっくりと今ここでの自分を感じることが大事とされ、マインドフルネス(*1)という言葉が重要な言葉になっています。自分や物事の理解には時間をかけて、じっくりとが肝要です。幼いこども向けのこの本は子猫の行動と結末を丁寧にゆっくりと追っていることで、事の流れがよく掴めるのではないか思います。
子猫と亀の出会いが、それぞれの住家の直線距離で描かれています。お互いに興味関心はあるのか、少しづつ距離を縮めていき、直接触れることができる距離に来た時、子猫が甲羅にちょっと触れます。そのとたん、子猫には想像もできなかった、首や足を甲羅の中に引っ込めるという行動を目の当りにします。子猫にとって、目玉が飛び出るほどの驚きでした。未知の他者とであう時、こういう驚きを伴うほど衝撃を覚えることもあります。
子猫と亀との出会い、二人の距離が少し離れると、亀は、やがて足を出し、鼻を出し、首を出します。やがて亀のペースでゆっくり猫に近づいていきます。子猫はほどよい距離がつかめずに、周りの変化にも気づかずに後ずさり、亀の住家である池に落ちて、びしょぬれになり、大急ぎで自分の小屋へ帰っていきました。
そのあとは、お互いを意識しながら、最初の出会ったときの距離を保ったままです。しかし、子猫は、この出会い体験、特にまわりをよく見ずに後ろへ下がることは危険であるということを学習し、その後は決して後ろ歩きをしないようにと決めました。
このお話の中で、子猫は、共感性(分かり合えないという非共感性を含む)、効果的コミュニケーションスキル、対人関係スキル、問題解決スキル、意志決定スキルを使っています。また、二人の出会い体験を通して、それぞれのスキルをほんの少し高めています。
このお話では、子猫と亀の出会いの時がゆっくりと流れているのを感じます。私たちは、あわただしい現代社会を生き続けていますが、時にはこのようにゆっくりとした「今」「ここ」を感じる時間も必要だと思うようになりました。意識してその時間を過ごすようにしています。年を取ったせいなのかもしれません。
(*1)マインドフルネス(mindfulness):意識的に、自分の身体の「今、ここ」に、注意を払うことから、わき上がる気づきの状態(アウェアネス)とされています。1979年にジョン・カバット・ジンが、臨床的な技法としてMBSR(マインドフルネスストレス低減法)をマサチューセッツ大学の医療センターで開発しました。
8週間のマインドフルネス瞑想法では、扁桃体(*2)の反応が緩やかになり海馬(*3)と前頭前野(*4)が活性化し、ストレス軽減・能力アップしたという科学的裏付けがあります。
子どもから大人まで、ストレス予防として、気軽に使える方法のひとつです。
(*2)扁桃体(へんとうたい):情動反応の処理と短期的記憶において主要な役割を持ち、情動・感情の処理(好悪、快不快を起こす)、直観力、恐怖、記憶形成、痛み、ストレス反応、特に不安や緊張、恐怖反応において重要な役割も担っています。
(*3)海馬(かいば):海馬は神経細胞の結合をつくる役割を果たしていると言われ、短期記憶から長期記憶へと情報をつなげる中期記憶を担う器官です。
(*4)前頭前野:記憶や感情の制御、行動の抑制など、さまざまな高度な精神活動を司っている、脳の中の脳とも呼ばれている重要な部位です。
*ライフスキル:自己認識、共感性、効果的コミュニケーションスキル、対人関係スキル、
意志決定スキル、問題解決スキル、創造的思考、批判的思考、感情対処スキル、ストレス
対処スキル 以上10の技術のことです。WHOが1993年に「おとなになるまでに、身に着けてほしいスキル」として提唱しました。
廣岡綾子・逸樹