☆彡 子どもの幸せ・絵本・社会 (29) 2023年 9月 『あかいセミ』 福田岩緒 作

小学校のブッククラブでリクエストされて読んだ本です。
リクエストしてくれた子から手渡されてすぐに思ったのは「あかいセミ? いないよ ね。」ということでした。題だけで興味を抱かせる本でしたが、調べてみると4年生の 道徳でとりあげられた作品でした。この本の指導案や研究もありました。
主人公はいっちゃんという小学生の男の子。夏休み終盤に文房具店”はしもと”に国語のノートを買いに行き、赤い消しゴムをポケットに入れて盗んでしまいました。盗んでから翌日のいっちゃんの葛藤と解決を描いています。
消しゴムを盗んだ動機は別に欲しかったわけでもなく、店のおばちゃんがたまたま電話中だったからということになっています。いっちゃんは思いがけない自分の行動に慌てて、国語ではなく算数のノートを買ってしまいます。これでは書き取りの宿題ができません。
”はしもと”から帰ったいっちゃんは妹に八つ当たり。妹とプールに行く約束を反故にしてしまいます。
その後こうちゃんとセミとりに行った時に、こうちゃんが「しゅくだい ぜんぶ おわった?」と聞きました。それは”はしもと”のおばちゃんに聞かれたことと同じで、消しゴムを取ってしまったことが思いだされました。その時セミをとり過ぎて、鳴かないセミを逃がそうとして触ったセミがいっちゃんの指を羽で叩き、それにむかっとして、羽をむしり取ってしまいました。この行動にこうちゃんもびっくり。
夜、お父さんと妹と3人でお風呂に入ってもいつものように楽しくはありません。その後、消しゴムを返したくてもかえせない、こわい、はずかしいと思うとなかなか寝付けません。ようやく寝ても”はしもと” のおばちゃんに消しゴムを取ったことがばれてしまったのではと思う夢を見ます。おばちゃんがいっちゃんのポケットから羽のない赤いセミを見つけてしまうのです。
次の朝ラジオ体操に行き、こうちゃんから「かきとり」を一緒にやろうと誘われますが、国語のノートがないので、できません。その説明もできずにこうちゃんに断るとこうちゃはおおげさにうなだれてしまいます。家に帰って、いっちゃんはこのままでは自分はどんどん悪い人間になって、みんなから嫌われてしまうと、籠に入れていたセミをみんな放してしまいます。まるで自分の気持ちを解き放ちたいかのようです。
自分の気持ちとしっかり向き合うことができたいっちゃんは お母さんに消しゴムのことを話しました。お母さんは「もどしにいって、ちゃんと あやまろうね。」と言って、抱きしめてくれました。
”はしもと”のおばちゃんは「こら」とおこりましたが、「もう しないよね。」と言って指切りげんまんの小指をいっちゃんの方に差し出してきました。おばちゃんの目は優しく笑っていて、いっちゃんもつられて小指を出して指きりげんまんをしました。
国語のノートも買えて”はしもと”から帰ったいっちゃんは「かきとり」をがんばり、残りは明日こうちゃんと、、、なつやすみは もうじき おわる。最後の絵は妹と笑顔でプールで遊んでいます。きっとすっきりした気持ちで妹に「ごめん、プールに行こう。」と言ったのでしょう。
昨今はスーパーにも「万引きは犯罪です」というポスターが貼られていたりします。小学生でも「万引き」という言葉を知っていますし、「泥棒」と言う子もいます。どちらの言葉を使うかにかかわらず、誰もいけないことだと知っているのです。
自分でも思いがけないきっかけで悪いことをしてしまうことがあることに、私自身は怖さを感じました。これは万引きのようなことに限らないでしょうが、、、。
また、消しゴムを「こっそりもどす」「捨てる」という方法も考えられ、それは「なかったことにしたい」ということですが、決してそのようにはならないことを子どもたちも分かっているようでした。
この作品は自分のしたことが自他に与える影響や大人はどう接してほしいか等、子どもと率直に話し合うことのできる内容でした。こうした体験が衝動的に行動することをセーブすることに繋がるのではないかと思います。
この本で一番重要なライフスキルは、自己認識です。続いて、感情対処スキル、ストレス対処スキルの内面化が描かれています。もちろん、意志決定スキル、問題解決スキルも、母親やお店のおばちゃんの助けを借りながら獲得し、スキルを身につけている主人公いっちゃんの姿を、私たち読み手は見ることができます。
自己認識とは、自分自身の性格、長所、短所、願望、嫌なことを知ることです。私たちには、欲求があります。これは、生きていく上で欠かせない土台となるものです。しかし、この欲求は暴走してしまいます。目の前にある「物」を欲しいと思ったときに、理性ではなく、欲望のままに身体が動いてしまうことはだれでも経験したことがあると思います。自分の短所、嫌な面に気づく瞬間でもあります。自分のポジティブな側面だけでなく、ネガティブな側面をも自分の一部として捉えておく能力は、人の世の中で生きていく上で大切です。そのまるごとの自分を掛け替えのない大切な存在としてとらえることが「真の自己肯定感」につながるのだと考えています。
いつでもどこでもオール5のような人間なんてたぶんいない。時には、1と評価されるような行動をするのが人間です。子どもが、1を2にし、3にし、やがて5にしていくには、この絵本で描かれている母親やお店のおばちゃんの存在が欠かせないのです。
お店のおばちゃんの年齢になった私たちは、このお店のおばちゃんのような存在でありたいと思います。
*2021年6月のブログではキャラメルをお店で取ってしまったうさこちゃん「うさこちゃんときゃらめる」をとり上げています。」表現の違いなどを比較するのも興味深いです。
*ライフスキル:自己認識、共感性、効果的コミュニケーションスキル、対人関係スキル、
意志決定スキル、問題解決スキル、創造的思考、批判的思考、感情対処スキル、ストレス
対処スキル 以上10の技術のことです。WHOが1993年に「おとなになるまでに、身に着けてほしいスキル」として提唱しました。
廣岡綾子・逸樹